朝夕はめっきり涼しくなり、もう秋なのだなぁとしみじみ思う。暑い夏は苦手なはずなのに、いざ夏の終わりを感じるとちょっと寂しくもなるのはなぜだろう。
今年の夏は中居くんの戦争特番もあったせいか、いつもよりもさらに戦争について考えることが多かったような気がする。
上田ロケ地めぐりのとき、松代の地下壕に足を延ばしたことは既に書いたが、もうひとつ訪ねた場所があった。
それは、旧西塩田小学校のほど近くにある「無言館」だ。
ここは太平洋戦争で戦死した美術学校の学生や卒業生の残した作品が展示されている美術館。終戦記念日のニュースで、建物の周りにろうそくの灯をともして祈る人々の映像を見て、ぜひとも行ってみたいと思った。
塩田平を見下ろす場所にある十字形の建物はまるで十字架のようで、外は暑い夏の日差しが照りつけているのに、木の扉を押して入ったその内部はまさしく別世界。
20人以上はいただろうか、思った以上に観覧の人は多かったけれども、誰もが無言で作品や作者の遺品に向き合っている。
今まで見てきたどの美術館でも経験したことのない、あまりにも静か過ぎるその空間に、なぜか自分ひとりだけで建物の中にいるような不思議な感覚を覚えた。
入ってすぐの場所に展示されている「裸婦像」。
「あと5分、あと10分、この絵を描きつづけていたい。
外では出征兵士を送る日の丸の小旗がふられていた。
生きて帰ってきたら必ずこの絵の続きを描くから…」
モデルをつとめてくれた恋人にそう言い残して戦地に発った彼は南方で戦死。帰ってきた白木の箱には名前の書かれた紙が入っていただけだった。
別の作者による妹の肖像画。
恋人のいなかった兄にとって、妹は恋人のような存在だったという。戦死した兄の絵を戦災から守った妹は、生涯独身だったそうだ。
静物画や風景画、そして彫像などさまざまな作品があるけれども、やはり家族や恋人を描いた人物像からは、相手への作者の思いが静かにそして強く伝わってきた。
と同時に、ある意味戦争とは対極にあるはずの芸術に携わる人たちが、否応なくその戦争に巻き込まれていったということの残酷さを思った。
別館の前庭にあるモニュメントの裏面に書かれていた文章。
画家は愛するものしか描けない
相手と戦い 相手を憎んでいたら
画家は絵を描けない
一枚の絵を守ることは
「愛」と「平和」を守るということ
今年の夏は中居くんの戦争特番もあったせいか、いつもよりもさらに戦争について考えることが多かったような気がする。
上田ロケ地めぐりのとき、松代の地下壕に足を延ばしたことは既に書いたが、もうひとつ訪ねた場所があった。
それは、旧西塩田小学校のほど近くにある「無言館」だ。
ここは太平洋戦争で戦死した美術学校の学生や卒業生の残した作品が展示されている美術館。終戦記念日のニュースで、建物の周りにろうそくの灯をともして祈る人々の映像を見て、ぜひとも行ってみたいと思った。
塩田平を見下ろす場所にある十字形の建物はまるで十字架のようで、外は暑い夏の日差しが照りつけているのに、木の扉を押して入ったその内部はまさしく別世界。
20人以上はいただろうか、思った以上に観覧の人は多かったけれども、誰もが無言で作品や作者の遺品に向き合っている。
今まで見てきたどの美術館でも経験したことのない、あまりにも静か過ぎるその空間に、なぜか自分ひとりだけで建物の中にいるような不思議な感覚を覚えた。
入ってすぐの場所に展示されている「裸婦像」。
「あと5分、あと10分、この絵を描きつづけていたい。
外では出征兵士を送る日の丸の小旗がふられていた。
生きて帰ってきたら必ずこの絵の続きを描くから…」
モデルをつとめてくれた恋人にそう言い残して戦地に発った彼は南方で戦死。帰ってきた白木の箱には名前の書かれた紙が入っていただけだった。
別の作者による妹の肖像画。
恋人のいなかった兄にとって、妹は恋人のような存在だったという。戦死した兄の絵を戦災から守った妹は、生涯独身だったそうだ。
静物画や風景画、そして彫像などさまざまな作品があるけれども、やはり家族や恋人を描いた人物像からは、相手への作者の思いが静かにそして強く伝わってきた。
と同時に、ある意味戦争とは対極にあるはずの芸術に携わる人たちが、否応なくその戦争に巻き込まれていったということの残酷さを思った。
別館の前庭にあるモニュメントの裏面に書かれていた文章。
画家は愛するものしか描けない
相手と戦い 相手を憎んでいたら
画家は絵を描けない
一枚の絵を守ることは
「愛」と「平和」を守るということ
コメント
こちらこそいつもありがとうございます^^。
私がネットを始めたのは
やはり「砂の器」のBBSを読みたかったからでした。
私の場合は既に番組が終わってからでしたが、
自分でも説明のつかなかった感情に
ようやく答えを見つけた思いがしたものでした。
そのときにはこうして日記を書くことなど思いもよりませんでしたが、
こんな素敵な出会いをたくさんくれたことにとっても感謝しています。
「無言館」。
戦争についていろいろ考えた夏だったからこそ
よけいに深い感銘を受けたような気がしました。
いつかもういちど訪れてみたい場所です。
「無言館」の命名が重く響きますね。教えて頂いてありがとうございます。
宮崎あおいさんの朝ドラ「純情きらり」でも
戦時中は軍の命じた画を描かされる若い画家達の葛藤が
戦争とは を表現して居たのを思い出しましたが、
今回の日記を読んで先ず頭に浮かんだのは 丸木夫妻の「原爆の図」です。
埼玉・東松山の「丸木美術館」
newsや美術番組で何度となく紹介されますが
かりん様は行かれたことがおありでしょうか。
全15作の「原爆の図」をご夫妻が32年も描き続けられたことは
今回HPを検索して再確認致しました。
ご夫妻が亡くなられてからは紹介されることが減ったようですが
いつか訪れたい美術館の一つです。
その折は心持をしっかりとして
ご夫妻と 亡くなられた方々の魂と対峙したいと思います。
「戦時中軍の命じた絵を描かされる若い画家たち」。
文学の世界や昨日のドラマのような歌の世界にも
同様のことがあったんですよね。
丸木ご夫妻のお話はテレビ等で伺ったことがありますが
残念ながら「丸木美術館」に行ったことはまだありません。
私もいつか訪れて「原爆の図」に向き合ってみたいと思います。